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職業高校から初めての会社まで

作りながら学んだ3年間と、二度の面接。18歳で会社を選びながら学んだこと。

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実習を数日後に控えて、この文章を書いている。

就職を考えて職業高校(特性化高校)に進学したので、ある意味3年がかりの就職活動だった。 その時間を一度は整理しておきたかった。 うまくいったことより後悔が先に浮かぶあたり、今が書くのにちょうどいい時期なのだと思う。

作りながら学んだ3年間

入学と同時にコロナが来て、1年生はほとんどリモート授業のまま過ぎ、本格的な学校生活は2学期からだった。 登校が始まって校内の開発サークル CODE D.C. に入ったのだが、振り返ればこの選択が3年間の方向を決めた。 当時、遅刻者チェックという校内の役割を任されていて、C言語でそれを管理するプログラムを作ったのが事実上最初のプロジェクトだった。 今見れば大したものではないが、自分の問題をコードで解けるという感覚をこのとき初めて持った。

ここにサークル活動の写真、または遅刻チェックプログラムのスクリーンショット

2020年12月からは、サークルの先輩のメンタリングのもとでWebを勉強した。 自律的に学びつつ、先輩が方向だけを示してくれる形式で、フロントエンドとバックエンドという言葉をこのとき初めて聞いた。 フロントエンドに決めてからは、しばらく途方に暮れるばかりだった。 周りに開発をする友人がいたらどうだっただろうと何度も思ったが、今は違う考え方をしている。 一人で始めたからこそ一人で学ぶ習慣ができて、その習慣が今の自分を支えている。 聞ける人がいなければ、自分で検証するしかない。 遅かったが、そうやって学んだことは確実に残った。

数ヶ月そうやって転がり回った後、友人たちと校内ハッカソンのハンセトンに出た。 結果は一次落ちだった。 しかし、この失敗がその後の方向を変えた。 落ちた理由が開発力ではなかったからだ。 ひとつのプロダクトが世に出るには、開発だけでなくデザイン、企画、マーケティングまで全部が噛み合わなければならないと、初めて体で知った。 それで理論の勉強を減らし、実際に作って運営する方に時間を移した。 韓国コードフェアに出したGoing、個人プロジェクトのHMM、CODE D.C.のホームページ。 作って、デプロイして、ユーザーの反応を受けながら学ぶことの方が、机の上で学ぶことよりはるかに多かった。

ここにHMMまたはGoingのスクリーンショット

そうして2年を整理すると、プロジェクト4〜5個と資格3つ(Linuxマスター、ネットワーク管理士、情報処理技能士)が残った。 これをNotionに見やすくまとめて、行きたい会社2社に応募した。

ここにNotionポートフォリオのスクリーンショット

二度の面接

2社とも合格した。 もっと多くの面接を経験してみたい欲もあったが、自分が席を長く取っているほど、学校の他の友人たちに回る機会が減ると思った。 だから十分に良いと判断した会社にすぐ行くことにして、2社だけに絞って応募した。

Lookkoは書類 → 技術面接 → カルチャーフィットという採用プロセスだった。 Aclosetというサービスを運営している会社だ。 面接は準備した通りに進んだ。 HTML、CSS、JS、Reactといったフロントエンドの基礎も出たが、ネットワークとOSの話が中心で、面接記事を読んで準備していた範囲内だったので無難に答えられた。 高校生の初面接だと知ってか、面接官がずっと場を和ませてくれたのが記憶に残っている。 面接後、カルチャーフィットは省略されてそのまま合格の連絡をもらった。 学校でその年最初の内定だったので、友人たちが祝ってくれたのを覚えている。

AB-Z(INPOCK)は正反対の面接だった。 書類も面接もLookkoより先に受けたのに結果が遅くて、正直落ちたと思っていた。 会社はコワーキングスペースで設備も良く面接官の方々も親切だったが、面接の中身は準備していたものとまったく違った。 圧迫面接ではなかったものの、準備していったテック知識はほとんど出ず、代わりに私が作ったプロジェクトへの質問が最後まで続いた。 この部分はどう開発したのか。もう一度やるならどう改善するのか。 自分が作ったものなのに、振り返れば物足りない答えが多かった。

一番記憶に残っている瞬間は、個人プロジェクトHMMのサーバーとクライアントの応答過程をホワイトボードに描いてみてという質問だった。 どうにか描き切りはしたが、正しい答えだったのかは今でもわからない。 ただ、面接会場を出ながら思ったことははっきりしていた。 暗記したことを確認する面接と、実際にやったことの深さを確認する面接は違う。 後者をする会社で働きたかった。

選択

AB-Zもカルチャーフィットなしで合格の連絡が学校に届き、学校から2社のうちどちらかを決めてほしいと言われた。

悩んだ末、AB-Zを選んだ。 条件を比較して下した決定ではなかった。 自分を一番深く掘り下げた面接が、自分を一番成長させる環境だろうと判断した。

就活のときより今の方が忙しくて、まだ実感がない。 最初のCプログラムからホワイトボードの前で冷や汗をかいた面接まで、振り返れば正しかった選択より、たまたま噛み合った選択の方が多かった。 ただ、ひとつだけは一貫していた。 行き詰まったら作ったし、作ったものが次の扉を開けてくれた。

実習の数ヶ月をやり遂げて、本物のフロントエンド開発者としてキャリアを続けていきたい。 同じ道を準備しているみなさんを応援している。

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